医療保険と介護保険の使い分けが難しい理由

訪問看護は要介護認定を受けている方については「介護保険が優先」が原則ですが、厚生労働大臣が定める疾患(別表7)は医療保険が優先されます。
しかし、実際の現場では、「どのタイミングで切り替えるか」「診断が確定するまではどう対応するか」など、制度の隙間で悩むことが多いのが実情です。例えば、がん末期や、進行性の神経難病の方などがこれにあたります。
※医療保険と介護保険の詳しい制度比較については「【保存版】訪問看護で医療保険が使える条件は?介護保険との違いを徹底解説」で詳しく解説しています。
【保存版】医療保険適用疾患の一覧(別表7)

まずは「この疾患なら医療保険!」という根拠を明確にしましょう。
別表7:厚生労働大臣が定める疾病等
- 末期の悪性腫瘍
- 多発性硬化症
- 重症筋無力症
- スモン
- 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
- 脊髄小脳変性症
- ハンチントン病
- 進行性筋ジストロフィー症
- パーキンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症、パーキンソン病(ホーエン・ヤール重症度分類Ⅲ度以上かつ生活機能障害度Ⅱ度またはⅢ度))
- 多系統萎縮症(線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症、シャイ・ドレーガー症候群)
- プリオン病
- 亜急性硬化性全脳炎
- ライソゾーム病
- 副腎白質ジストロフィー
- 脊髄性筋萎縮症
- 球脊髄性筋萎縮症
- 慢性炎症性脱髄性多発神経炎
- 後天性免疫不全症候群(AIDS等)
- 頸髄損傷
- 人工呼吸器を使用している状態(夜間無呼吸のマスク換気は除く)
(出典:厚生労働省「令和6年度診療報酬改定の概要」p.40)
💡指定難病であっても、別表7に該当しなければ介護保険が適用されます。
疾患別の保険適用判断

実務で特に判断が難しいがん末期と神経難病の保険適用について、具体例で解説します。
がん末期患者の医療保険適用で迷ったとき
がんが進行した時、医療保険適用のタイミングや家族説明が大きな壁になることがあります。
実際には、医師からの告知が十分に行われていなかったり、告知があっても本人や家族が病状を正しく理解できていないケースが少なくありません。特に「老々介護」や認知症を伴う場合、状態悪化が明らかでもサービス切り替えが進まないことはよく見られます。
家族の認識ギャップへの対応
こうした認識ギャップに直面した場合、訪問看護師は以下の工夫で家族の理解と納得をサポートします。
- 客観的指標の提示:疼痛スコアやADL評価表を用いた家族への説明
- 多職種連携の活用:主治医やMSWと連携した家族カンファレンスの実施
- 段階的アプローチ:状態変化に応じて徐々に訪問頻度を増加
【症例1:がん末期での保険切り替え】
大腸癌末期の80代男性(要介護3)。当初は介護保険の週2回訪問で支給限度基準額ギリギリ。在宅酸素使用量と疼痛スコアの経時変化を示すグラフを作成したことで、訪問看護は医療保険に切り替えて週4回の訪問が可能となり、疼痛管理と家族支援が向上しました。
経済的配慮が必要なケース
がん末期と診断されても、75歳未満で医療保険3割負担の場合、介護保険の方が利用者にとって経済的に有利なケースもあります。
費用比較(30分訪問・月20回時)
保険種別 | 1回あたり負担額(30分訪問) | 月20回時の総額 |
---|---|---|
医療保険(3割) | 2,500円 | 50,000円 |
介護保険(1割) | 880円 | 17,600円 |
この差額は家計に大きく響くため、ケアマネジャーとも相談しながら、症状や家族の介護力を総合的に判断した柔軟な運用が重要です。
【症例2:経済的配慮での保険選択】
胃がん末期の68歳男性(医療保険3割負担)。医療保険適用可能だが、経済負担を考慮。家族の介護力は十分あり。ケアマネジャーと連携し週6回の集中的な訪問体制構築。4ヶ月間で約12万円の負担軽減となり家計への影響を最小化できました。
パーキンソン病・神経難病の保険適用判断
パーキンソン病や神経難病は、診断確定と重症度によって適用される保険が変わるため、適切な評価と連携が重要です。
パーキンソン病の重症度分類と保険適用
パーキンソン病・パーキンソン症候群では、重症度や症状によって保険適用が変わります。現場での具体的な判断基準と、迷った時の対応策を解説します。
- パーキンソン病(初期)、パーキンソン症候群⇒原則介護保険適用
- パーキンソン病(ホーエン・ヤールⅢ度以上かつ生活機能障害度Ⅱ/Ⅲ度)⇒医療保険適用
パーキンソン病の医療保険適用基準(ホーエン・ヤールⅢ度以上かつ生活機能障害度Ⅱ/Ⅲ度)評価の一例に以下があります。
- 歩行やADL低下(例:3m歩行に30秒以上、転倒歴3回/月以上)
- 嚥下障害や経管栄養
- 医療的ケアの増加(褥瘡、在宅酸素、導尿など)
- 主治医から「難病指定」「重症度分類」の話が出たら、すぐ相談
【症例3:パーキンソン病の重症度判定】
パーキンソン病の76歳女性。ヤール分類Ⅱ度でも転倒歴が3回/月以上ある場合、生活機能障害度Ⅱ度の可能性あり。主治医との連携で医療保険適用となりました。
💡訪問看護指示書には、重症度分類と生活機能障害度の記載が必須です。
その他の神経難病の医療保険適用判断ポイント
筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多系統萎縮症、脊髄小脳変性症などの進行性神経難病は、厚生労働大臣が定める「別表7」疾患に該当し、診断が確定した時点で医療保険が適用されます。
診断確定前は介護保険で暫定対応となりますが、状態悪化や医療的ケアの増加が見られた場合は、主治医に現状を詳しく報告し、特別訪問看護指示書の発行について相談しましょう。
※特別訪問看護指示書の詳細については、「特別訪問看護指示書の基礎知識と実務活用」で解説しています。
介護保険優先となるケースへの対応
要介護・要支援認定を受けている場合や、医療保険の対象疾患・状態に該当しない場合は、介護保険が優先されます。
要介護認定を受けている利用者が別表8に該当する場合でも、別途別表7に該当するか、特別訪問看護指示書が発行されている場合を除き、原則として介護保険が適用されます。別表8該当の利用者は医療処置が多く、状態変化のリスクも高いため、特別管理加算(ⅠまたはⅡ)の算定を検討しましょう。
また、状態悪化時にも柔軟なサービス調整により、利用者のニーズに応えることができます。
具体的な対応策:
- 訪問回数の増加や長時間訪問、複数名訪問の加算を活用
- ケアマネジャーと連携し、ケアプランの見直しやサービス調整を随時実施
- 状態変化や医療的ケアの増加があれば、主治医・ケアマネジャーに早めに相談し、必要に応じて特別訪問看護指示書による医療保険への切り替えも検討
スタッフ間の共通理解を深め、最適なケアにつなげましょう。
訪問看護で使える疾患別判断ツール

疾患ごとに「医療保険と介護保険のどちらが適用になるのか」「主治医に相談すべきタイミングはいつか」など、現場で判断に迷ったときにすぐ使える判断フローとチェックリストを紹介します。スタッフ教育や主治医への相談時、家族への説明にも活用できます。
がん末期患者の医療保険適用判断フロー
がん末期の診断は医師が行いますが、訪問看護師が「医療保険適用が必要な状態」と判断した場合は、主治医やMSW(医療ソーシャルワーカー)に速やかに相談し、診断書や指示書への「末期」記載を依頼しましょう。
医療保険適用を検討すべき状態
疼痛・症状管理
- 疼痛スコア4以上(NRSやフェイススケールなど現場で使える簡易評価を活用)
- 強い痛みやコントロール困難な症状がある場合
急激な状態変化
- 症状の急速な悪化
- 食事摂取量の大幅減少、意識レベルの低下、急な呼吸困難など
療養環境への配慮
- 家族の経済的負担軽減の必要性
- 在宅療養継続への強い希望
神経難病患者の状態評価チェックポイント
神経難病(ALS、パーキンソン病、多萎縮症など)の利用者に対して、医療保険適用や主治医への報告が必要となる状態悪化のサインを、チェックリストとしてまとめました。
- 栄養状態の変化
- 体重減少や栄養状態の悪化
- 1週間で明らかな痩せ、食事摂取量の低下
- 嚥下機能の低下
- むせやすくなった、食事中に咳き込む、飲み込みに時間がかかる
- 呼吸状態の悪化
- 呼吸が浅くなった、会話時に息切れが目立つ、夜間の呼吸障害を家族が訴える
- 運動機能の悪化
- 起立性低血圧や転倒の増加
- 立ち上がり時のふらつき、転倒回数の増加
これらの変化が見られた場合は、主治医に具体的な観察内容を報告しましょう。
現場での観察・記録をもとに、適切なタイミングで制度を活用することが、利用者の安全とQOL向上につながります。
小規模ステーション向け業務効率化

限られた人員・時間で質の高いケアを実現するためのノウハウをまとめます。
タイムマネジメントシステム
- 重症患者優先スケジューリング:週初めに医療保険適用患者の訪問日を確定
- 午前・午後の2チーム制で柔軟な対応
- スタッフ間の情報共有は朝5分ミーティングで徹底
地域連携強化の取り組み
- かかりつけ薬局との情報共有システム構築
- 地域医師会との定例症例検討会実施
- 介護事業所との合同研修制度
書類管理の効率化手法
- 別表7/8該当リスト
- 特別指示書管理:有効期限アラート機能付き
- 訪問記録:重要項目(疼痛スコア等)の自動抽出機能
経営視点での保険適用戦略

経営安定と差別化を目指すなら、医療保険利用者の受け入れ方針や、専門性の強化が重要です。ここでは、収益性を高めつつ、適正請求を徹底するための具体的な戦略を解説します。
医療保険利用者の積極受け入れがもたらす経営メリット
医療保険利用者を増やすことで、収益性や稼働率の向上が期待できます。以下のポイントを押さえておきましょう。
- 医療保険の訪問看護は介護保険より単価が高くなりやすく、訪問回数や加算の上限も柔軟
- がん末期や神経難病など、医療依存度の高い利用者は1人あたりの月間売上が介護保険利用者の1.5~2倍になるケースも
- 医療保険利用者の比率が高いと、介護報酬改定や地域差の影響を受けにくく、安定経営につながる
専門性を打ち出し、地域で選ばれるステーションへ
専門分野を明確にすることで、地域の医療機関やケアマネからの紹介が増え、経営の安定化に直結します。
- 「がん末期」「神経難病」「小児」「人工呼吸器管理」など、医療的ケアが必要な分野で専門性を高める
- スタッフの専門研修や症例検討会、24時間対応体制の整備で差別化
- 「医療保険で在宅移行するならこのステーション」と認知されることで、紹介件数や稼働率が安定
適正請求とリスク管理の徹底
収益性を高める一方で、制度に則った適正請求とリスク管理が不可欠です。以下の点に注意しましょう。
- 診断書や訪問看護指示書、実施記録などの根拠書類を厳格に管理
- 訪問回数や加算の取得は、利用者の状態・主治医の指示・制度上の要件を満たしている場合のみ
- 二重チェックや外部研修、スタッフ間の情報共有で返戻を最小限に
経営モデル例とポイント
医療保険の利用者を増やすことで、どのような経営効果が期待できるか、モデルケースで確認しましょう。
利用者属性 | 平均単価/月 | 経営安定性 | 成長性 |
---|---|---|---|
医療保険中心(末期がん・難病) | 高い | 高い | 高い |
介護保険中心(慢性期・生活支援) | 低め | 中 | 低い |
ポイント
- 医療保険利用者の積極受け入れは、収益・紹介増・専門性強化の面で大きなメリットがあります。
- 適正な請求・書類管理・スタッフ教育を徹底し、制度の趣旨を守った健全な運営を心がけましょう。
よくある質問

Q. 診断が確定すれば、さかのぼって医療保険に切り替えできますか?
⇒原則できません。診断確定前の期間は介護保険でのサービス提供となります。
Q. 医療保険と介護保険、どちらが安い?
⇒75歳未満で医療保険3割負担の末期がんの場合、介護保険の方が自己負担が軽いこともあります。ケアマネジャーと相談しましょう。
末期がん以外の別表7該当者については、公費負担による限度額が設定されているため、訪問回数が多い場合でも、医療保険と比較して介護保険の方が利用者負担を軽減できるケースはほとんどありません。
まとめ:小規模ならではの強みを最大限に

限られた資源を活かしたきめ細やかなケアこそが、小規模ステーションの強みです。
小規模事業所では、スタッフ間の連携が密接で、利用者一人ひとりの状態変化を素早く把握し、柔軟な対応が可能です。医療保険と介護保険の適切な活用により、利用者のニーズに応じた質の高いケアと経営安定の両立を目指しましょう。